2019年12月9日月曜日

認知症になった親が相続した不動産を売却する方法

福岡相続事業承継の支援を行っています。香椎相続不動産事務所です。

日本は、1994年に「高齢化社会」に突入しました。その後も高齢化率は急激に上昇し、2007年に超高齢社会へと突入しました。今後も高齢者率は高くなる事は予測されており、2025年には約30%、2060年には約40%が65歳以上の高齢者になると見られています。

また厚生労働省の2015年1月の発表によると、日本の認知症患者数は2012年時点で462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と推計されており、認知症予備軍と推計される約400万人を合わせると、高齢者の約4人に1人が認知症あるいはその予備軍ということになります。また高齢者の益々の増加により、今後認知症患者の増加も予想されます。

高齢者の増加は家族への負担も大きく、「認知症になった親を施設に入所させるので、併せて親の不動産を売却したい。といったご相談も多くなりましたが、結論から申し上げますと、認知症などの病気で「意思能力」がない方の不動産売買契約は無効ですし、仮に委任されたとしても、そもそもの委任者の「意思能力」がないため、こちらも無効となります。
しかし、不動産の所有者が重度の認知症でも、「成年後見制度」を利用すれば相続した不動産などの売却が可能になる場合があります。2016年(平成28年)5月、「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が施行され、これまで以上に利用しやすい制度になってきました。

1.通常、認知症と判断されたら不動産を売却できない


重度の認知症患者で、通常の会話も成立しないような状態であれば、不動産の売買契約が成立しないということは、容易に想像できると思います。

しかし、「どの程度の認知症から売却できないのか?」「代理人に委任して売却できないの?」など疑問が湧くかもしれません。

認知症と不動産の売買契約、代理人について記したいと思います。

1・1.認知症で「意思能力がない」と判断されたら売買契約は無効


そもそも、なぜ認知症と判断されたら不動産は売却できないのでしょうか?
正確にいうと、認知症などで「意思能力がない」と判断された場合は、不動産の売却だけでなく、契約行為など全般が制限されます。

「意思能力」とは、法律用語で、意思表示などの法律上の判断において、自己の行為の結果を判断できる能力をいいます。すなわち、「意思能力」がない人が不動産の売買契約を結んでも、その売買契約は無効となります。
※「無効」・・・最初から確定的に効果を生じないこと、または、そのような状態にあること。

ただ、認知症と言えども、症状は様々であるため、疑われる場合でも「意思能力がある」と判断されれば、通常通り単独で不動産を売却できる場合もあります。

1・2.所有者の「代理」で売却できる場合とは


たとえば病院に入院中など、自分で契約場所へ行くことが出来なくても、判断能力が十分ならば売却は可能です。すなわち、身体的な状況に問題があっても、意思能力があれば売却は可能です。
このような場合には、委任状を準備して、子どもや親族などは「代理人」となり、売却の手続きを進めることが出来ます。
しかしながら、所有者が重度の認知症と判断された場合、元々の「意思能力」がないと判断されるため、法的に有効な代理人を立てることも出来ず、委任状が準備できたとしても、不動産の売買契約等を結ぶことが出来ません。
代理人に委任をするには、「この人を代理人に任命する」という意思をしっかりと示せる状態が必要になるのです。

2.成年後見制度

認知症の人が所有する不動産を売却するために活用できる制度が、成年後見制度です。

2・1.成年後見制度とは


成年後見制度とは、認知症などで判断能力が樹分でない人を、支援・援助する制度で、専門家や弁護士などに依頼する任意後見制度と、判断能力の衰えた本人の代わりに親族が後見人になる法定後見があります。

成年後見人は、本人を代理して契約を締結するだけでなく、必要のない住宅リフォームや高額な上品の売買契約などの不利益な契約を本人が結んでしまった時に取り消すことが出来ます。

すでに認知症によって判断能力が十分でなくなっている場合には、「法定後見制度」を使いますが、法定後見制度には、さらに「後見」「補佐」「補助」の3種類があり、後見人等に与えられる権限が異なるので、本人の判断能力に応じて利用できます。

2・2.法定後見人になれる人


法定後見人になるのに、特別な資格は必要でありませんが、誰でもなれるわけではなく、民法847条で定められた欠格事由に該当する場合、成年後見人になることが出来ません。

(後見人の欠格事由)
第八百四十七条 次に掲げる者は、後見人となることができない。
  1. 未成年者
  2. 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
  3. 破産者
  4. 被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
  5. 行方の知れない者
法定後見制度の後見人は、欠格事由に該当していなければ、後見人になれるというわけではなく、選任するのは家庭裁判所になりますので、希望通りの人が後見人になるとは限りません。

特に、
  • 親族間に意見の対立がある場合
  • 本人に賃料収入などの事業収入がある場合
  • 本人の財産(資産)が多い場合
  • 後見人候補者ないしその親族を事件本人との利害対立などがある場合
  • 後見人などの候補者が高齢の場合
後見人の職業や経歴、本人との利害関係、その他の事情を考慮し、弁護士や司法書士などの第三者が選任されることが多いです。

また法定後見人は複数の人が選ばれる場合があり、必要に応じて成年後見人を監督するための成年後見監督人も選ばれる場合があります。

2・3.法定後見人ができること


法定後見人は、本人を代理して財産に関する法律行為をおこなったり、財産を管理することが出来ます。また本人が行った法律行為を取り消すことも出来ます。
法定後見人が本人のために契約を行うと、所有者本人が契約を行った場合を同じ効力が発生しますが、法定後見人になったら、本人の代わりになんでもできるわけでなく、「本人の利益になること」だけが許されます。

たとえば、不動産の売却代金を生活費や医療費に充てたり、介護施設への入居費用に使うなど、本人のために必要であると認められれば売却を認められる可能性が高いです。また建物が老朽化し、維持していると経費がかさむ場合にも正当理由になります。

また、使い道だけでなく売買金額についても注意が必要です。
一般的な市場価格よりもずっと安く売ってしまうなど、本人にとって不利益な契約締結などはできません。
なお、被後見人の不動産を売却する場合は、本人にとって重要な財産であることから、家庭裁判所の許可が必要で、裁判所の許可を得ないで居住用不動産の売買契約を結んだ場合、契約は無効となります。

2・4.法定後見制度を利用するための費用

法定後見制度を利用するためには、申請費用のほかに、後見人への報酬が必要となる場合があります。

法定後見人制度を利用するための初期費用

法定後見人の選任を家庭裁判所に申し立てをする際の手数料や切手代、登記費用などが合計で約1万円弱かかります。
また、成年後見制度を利用する場合、本人の精神状態について鑑定する場合があり、約5万円から10万円程度の鑑定費用がかかります。しかし実際に鑑定が行われたのは平成30年の統計でも全体の約8.3%程度です。
この裁判所への手続きは、司法書士や弁護士に依頼することも出来ますが、その際は別途費用がかかります。

法定後見制度の利用後の費用

親族が後見人に選任された場合、報酬の請求をしなければ費用は発生しません。しかしながら、後見人から請求があった場合には、家庭裁判所の判断によっては、報酬の支払いが必要です。

しかし弁護士や司法書士などが後見人になった場合、本人の財産の中から一定の報酬を支払うのが一般的で、報酬額が財産の額やその他の事情を考慮して、家庭裁判所が決定します。

東京家庭裁判所が公表している「成年後見人等の報酬額のめやす」によると、基本的な報酬額の目安は月額2万円から6万円で、管理する財産額に応じて報酬が変わります。

2・5.法定後見制度のデメリット

企業の取締役や資格者などになれない

家庭裁判所から「成年後見人が必要」と判断された場合、意思能力なども含めて高度な判断力が要求される職に就くことは難しいため、会社の取締役や法律を扱う弁護士や、税務と取り扱う税理士や、不動産取引などを行う宅地建物取引士など一定の職業につけなくなります。

投資など資産運用などが出来なくなる

成年後見人は、本人の財産を守るのが仕事になるため、本人の希望だとしても、リスクのある資産運用や、積極的な資産運用が出来なくなります。またアパートや収益不動産の管理は「現状維持」が原則で、大規模修繕などは積極的な投資活動と判断される場合があります。

相続税対策が出来なくなる

原則、成年後見人が本人の為に代理で行う財産管理は、たとえ本人の希望であっても、賃貸不動産の建築や不動産の買換え、収益不動産の交換や小口不動産の購入や法人化はもちろん、相続税の基本である生前贈与なども出来なくなります。つまり成年後見人がついた瞬間、積極的な資産運用や相続税対策は諦める必要があります。

士業などの専門職が成年後見人になると金銭的な負担が大きい

現在、成年後見人の8割近くは弁護士や司法書士などの専門職です。月々の高額な支払いが一生続くので、トータルでかなりの費用が発生するケースがあります。

成年後見人が希望するような人でなくても原則変更が出来ません

成年後見人を決定するのは家庭裁判所です。全く面識のない第三者が成年後見人になる場合も多いですが、本人や家族との相性が悪くても一生お付き合いが続きます。極めて例外が発生しない限り、解任は認められません。

3.法定後見制度を使って不動産を売却するための手続き

法定後見制度を使って不動産を売却する手順は、次の通りです。
  1. 「後見開始」の審判を家庭裁判所に申し立てる
  2. 家庭裁判所により審理され、必要があれば医師の鑑定を受ける
  3. 法定後見人が選定される
  4. 不動産会社と媒介契約を結んで不動産を売り出す
  5. 居住用不動産の場合は裁判所の許可を受ける
  6. 買主と売買契約を締結する
  7. 決済、引渡し

3・1.「後見開始」の審判を家庭裁判所に申し立てる

成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立てますが、申し立てが出来るのは、本人(後見開始の審判を受けるもの)や配偶者、四親等以内の親族や、未成年後見人や未成年後見監督人や保佐人です。

申し立て先は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所となりますが、詳細は手続き方法は裁判所のホームページで確認が可能ですが、いきなりの申し立てが難しい方は、お知り合いの弁護士さんや司法書士さんにお尋ねしてみるのもよいかも知れません。

3・2.家庭裁判所により審理され、必要であれば医師の鑑定を受けます。

家庭裁判所への申し立てが受理されたら、成年後見人の選任を認めるかどうか家庭裁判所が審理し、家庭裁判所の調査官が、申立人、本人、後見人の候補者から事情を聴きます。

親族にも照会して、親族間の争いがないかなどが確認され、必要があれば、本人の判断能力の程度を医学的に十分に確認するため、医師による鑑定が行われることもあります。

3・3.法定後見人が選任される

家庭裁判所は後見開始の審判を出すと、法定後見人を選任します。通常申し立てから審判まで約2か月程度かかりますが、審判が確定したら、家庭裁判所によって法定後見の登記が行われます。

3・4.不動産会社の査定を受け、媒介契約を結んで不動産を売り出す

不動産を売却する際には、信頼できる不動産会社を探して、売却を依頼するための「媒介契約」を結びます。

成年後見人は市場価格と乖離した安い価格で売却するわけにはいきませんが、やはり介護施設への入居費用など物入りの場合も多いので、できるだけ高くスムーズに売却できる不動産会社を選びたいものです。

不動産の査定価格というものは、不動産会社によって異なり、時には数百万円の差がつくこともあります。しかしながら、高額な査定価格をしてきた不動産会社が査定価格で必ず売却出来るというわけでもなく、やはり不動産価格には相場というものがあります。

高額な査定価格に目が眩み売却を任せたものの、いたずらに時間だけが過ぎて、結局査定価格から数百万円も安い価格で売却してしまったなんて話もよくある話なのでご注意ください。

査定額はもちろんのこと、成年後見制度を利用することにもしっかりサポートしてくれる担当営業マンかどうかを比べて、不動産会社を選んでください。
不動産会社を選んで「媒介契約」を結んだら、不動産を売り出します。
売り出し後、購入を検討する人が不動産を「内覧」に来るので、それまでにしっかり掃除・整理整頓しておきましょう。
納得価格で納得して売却する方法、当事務所にお問合せ頂いたら、自信を持って適切なアドバイスして差し上げられますので、お気軽にお問合せください。

3・5.居住用不動産の売却の場合は裁判所の許可を受ける

居住用財産の売却の場合、裁判所の許可が必要となりますので、裁判所に「居住用不動産処分の許可の申し立て」を行います。許可が必要なのは、本人が居住している不動産や、入院先から退院後に戻る予定の家などを売却する場合で、居住用不動産について裁判所の許可を得ないで売買契約を締結すると、契約は無効となります。

申立てに必要な主な書類は、次の通りです。
  • 申立書
  • 不動産の全部事項証明書(既に提出済みで、記載内容に変更がない場合は不要)
  • 不動産売買契約書の案(※買主の氏名・住所は、記載するため正確に記載が必要です。)
  • 処分する不動産の評価証明書
  • 不動産業者作成の査定書
申立書には、売却代金の使い道や、売却の必要性などを記載し、売却の理由がやむをえないものなのかが審理されます。

売却理由(例)
  1. 親族に引取り不要されることとなったので、居住用不動産が不要になった。
  2. 私設に入所することとなったので、居住用不動産が不要になった。
  3. 施設入所資金の捻出のために、処分が必要になった。
  4. 医療費、生活費等の捻出のために、処分が必要となった。
  5. 建物が老朽化し、維持していると経費がかさむ。
など
なお、居住用以外の不動産を売却する場合には、裁判所の許可は不要で、本人のための正当な理由があれば、成年後見人の判断で売却できます。

3・6.買主と売買契約を締結する

居住用不動産の売却について家庭裁判所の許可が下りたら、売買契約を結びます。売買契約は原則として、法定代理人と買主が対面して契約内容を確認して、署名押印します。
尚、居住用不動産の売却について、家庭裁判所の許可が下りる前に、「家庭裁判所の許可が得られたら契約の効力が発生する」という停止条件を付けて売買契約を締結する場合もあります。

3・7.決済と引渡し

決済は、法定後見人・買主・不動産会社・司法書士などが金融機関に集まって行うのが一般的で、買主から売買代金の残りを受領し、その他、固定資産税の日割り分や諸経費を支払い不動産を引渡します。
決済日当日に、司法書士が法務局に申請書類を提出して、所有権移転登記を行います。

最期に

重度の認知症で、「意思能力がないと判断された」場合、不動産の売買契約は締結できません。もちろん意思能力の関係で、委任状を用意して代理人を立てることも出来ません。そのような場合でも、「法定後見制度」を利用すれば、不動産の売却が可能な場合があります。

法定後見制度を利用して不動産を売却するには、
  1. 法定後見人の選任を家庭裁判所に申し立てる
  2. 後見人が選任されたら、不動産会社と「媒介契約」を結んで不動産を売り出します。
  3. 買主が見つかれば、売買契約を締結し、居住用不動産の売却の場合は、裁判所の許可を受けから決済引き渡しとなります。
今回は、法定後見制度を利用しての不動産売却について記しましたが、上述した通り生前の相続対策など、積極的な財産管理には法定後見制度は利用し辛いものになっています。民事信託(家族信託)などの利用も検討して、生前にしっかりと相続の準備をして頂きたいと思います。

相続や法定後見制度、民事信託などご不明な点がありましたら、福岡香椎相続不動産事務所へお気軽にお問合せください。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。